土曜日朝swim後の八ツ岳への道中は厳しいものでした。
通常有料道路を使えば4時間で行けるところが、通行止めと除雪による混雑のおかげで、13時間もかかって長野エリアにたどりつき、なんとか翌朝のレース
には間に合いました。
現場は、長野県の松原湖(JR小海線沿線)skate center ~ 小海Re-ex ski valley 間の高原で例年雪は少ないところなんですが、様相は一変、”雪上”トライアスロンそのものとなりました。

第12回のこのレース、TJ誌やJTUマガジンで紹介され、ご存じのとおり、ski 2.5km(小海RE-EX SKI場),run 16km(稲子湯林道),skate 10km(松原湖スケートセンター)を競うもので、この距離設定になって3回目。

私個人としては8回目の参加でして、もうすっかり常連となりました。
一応2年前優勝してますが(唯一の自慢!)、スキーとスケートはそれ以来全く練習してなかったのと、前日の長距離ドライブの疲労により、今回はもう無事完走できればそれで十分という気持ちで臨みました。

明けて日曜日、参加者は170~180名程か?8時にクワッドリフトの終点付近からスキーブーツをはいたまま一斉スタート。
ユキの中を数100mほど走ってから板をつけ両手にストックを持ってGo! やや狭いところを数100mスケーティングで登ってからメインのゲレンデを大滑降。
スキーの速い人がどんどん私を抜いてゆく。
ゲレンデの麓で油断して新雪に足をとられ転倒。そこからrunトランジッションまで数100m。あとはハの字で歩く。
最後は急勾配の登り坂。ここは体力と気力で耐えるのみ。
へばらないようにおさえて登る。
登りきったところでスキーウエアを脱ぎ捨て、run shoes(スパイク)にはきかえてrun start。

run16kmのはじめは山登りが2~3kmつづく。
今回は大雪のため走り出しの道が狭く、前を行く選手を抜くことができない。
あきらめて広い道に出るまでゆっくり息をととのえる(ほとんど歩き)。
開けたところから少しずつかけあがり、それから10kmほど林道を下る。
意外にも適度に除雪されていて走りやすい。
スパイクシューズにものをいわせ、build up。
松原湖付近までくるとラスト2kmはスケート場までまた登り。
run finishで気づいたら、2位まであがっておりました。

スピードスケートの靴にはきかえ、氷上を400m×25周。
ここでは1周ごとに自分のゼッケンと周回をリンクサイドのおばちゃんにcall。
25周目で'ふだ'を受け取って、finish gateへむかう。ここまでは良かった。
「止まってください。」というofficialらしき人の声に反応して、gateの100m手前で減速し、'ふだ'を手渡そうとして転んでしまったところ、左後方からス~っと滑り抜けてゆく影。
「あっ、なんだよ、きったね~」って感じ。
runでかわしたはずの獲物(N選手)がちゃっかり腕の発信器を計測機に近づけて、ピピーッ「お先に~」・・・

「そんなのありかよ~...」あわてて自分も計測機に腕を近づけるものの、記録上は1秒後の2位。「待ってよ!インタビューを受けるのは、俺だぞ!」...納得のいかぬままにfinish。
「スポーツマンシップもクソもねーじゃね~かよお~」私は大会本部に抗議した。
それからこのことで1時間半ほど協議がおこなわれた。


結局、私は2位で妥協した。
冷静に考えてみた。
大会側として落ち度というか不徹底さがあったのであり(「止まれ」の合図、finish付近でのトラブル回避策、安全策など)、優勝したN選手はちゃっかり者かもしれない(減速せずにすり抜けていった)が、何がなんでも計測機の計時を第一に決めるというルールに従うなら、勝負のかかっていたあのような状況下では、彼には何の落ち度もないのではないか?勝負はきれいごとではなく、自分にはその詰めの甘さがあったんだ、..と。

今回はある意味でとても良い経験になりました。
大会側には自分の言い分を聞いて頂けたし、自分も大会側もこの反省点をいかして今後続けていくものと考えます。
トマムのウインタートライアスロンご招待は幻に終わったけど、カービングスキー板をgetしたし、Runラップ1位(副賞なし)だったんで、ま~意地で雪道走らせた甲斐があったってもんでっすっ。
しゃんしゃん。