強く 明るく より高く

夏はトライアスロンに山登り、冬はスキーにスケート、 2012年富士登山競走山頂コースついに完走。 残る目標は100kmマラソン完走(できたらサブテン)。 来年?再来年? 気長にいこう。 勇気りんりんアドレナリン♪

第 16 回 2005 小海大会通信 2 月 1 日号

氷上トライアスロン。今回でかれこれ11度目。どのレースよりも勝手知ったるこの小
海の地。TJ誌に第1回大会が紹介され、翌平成3年に初めてここを訪れてから早14
年。実は「トライアスロン」と名のついたレースに出たのは、ここが初めてでした。
稲毛ITC暦より長いです。
昨年のレポートに「下半身の筋肉繊維がぶちぎれるレース」と表現しましたが、ハー
トレートもMAX(はじめのスキーからランの前半までですが。)です。思うように
トレーニングができずカラダも仕上がらないまま臨んだレースでしたが、「初代将
軍」の名に恥じないよう頑張ったつもりです。
今回は現地入りする前に、前日刺激をいれる意味で3種目(ski,skate,run)各30分ず
つ軽く汗(寒くて出ませんでしたが!)を流して臨みました。温暖化の影響か、稲子
湯から下(RUNコース後半)は雪道はなくアスファルトがむき出し、雪が溶けて水
がたまっており、スパイクは使えない状況。クロカン用RUNシューズを用意しまし
た。が、…
当日になったら、朝からまさかの吹雪!一面数センチの積雪で慌ててスパイクを準
備。前日の好天から一変、都合良く「悪コンディション」になってくれました。
<ski[3km]ではこけませんでした。>
1月30日午前8時吹雪の中、小海Re-ex ski valleyの中腹よりスキーブーツをはいて
スタート。新雪のおかげか、心臓バクバクになりながらも板をつけるまでのブーツラ
ン数百mでは出遅れることもなく、両手にストックを持ってスムーズにskiに移行。多
くの選手でコースが混雑する前に調子よく出られたので、その後の狭い登りも無理な
く(とはいえ、やはり心臓はバクバク)クリア。メインゲレンデの大滑降では新雪の
おかげでアイスバーンもなく、無難に規定の旗門を通り抜ける。最後の難所は急勾配
の登り坂を100mほど。しかしこれまた新雪のおかげで、急坂のかなり手前から逆ハの
字で登り。自分より先を登る選手は目視で17、8人ほど。上位入賞者のゼッケンは見
当たらない。まずまずの位置につけている。登りきったところでスキーウエアを脱い
で袋に入れて,スパイクにはきかえるがもうバテバテ。トランジッションにてこずっ
て、23位でrun16kmに移行。Skiパートとしては過去最速順位でしたが、トランジッ
ションに課題を残しました。
<雪道でバテバテ>
Runで巻き返しをはかりましたが、新雪とskiでバテたのがたたって、出だし3km続く
急坂で完全にオーバーヒート。前を行く選手になかなか追いつけない。それどころか
登りきって林道にさしかかるところで、ライバルのN選手に追いつかれ、しばらく並
走。少し林道を下ったところでコース沿いに立つ役員に順位を訊いたら暫定12位、先
頭から4分30秒差とのこと。このまま並走していては牽制してしまうと判断、勾配の
きつい下りでスパートをかけたところN選手を引き離すことができた。新雪の下り坂
をスパイクシューズで調子よく行くが、吹雪は収まらず、思うようにペースもあがら
ない。なかなか前方の選手も捕らえられない。その後ノーマークの選手にも2人ほど
抜かれた。ラスト2kmの登りではつぶれた選手2名を捕らえて、どうにかスケート場
にたどりついたものの、氷上ではすでに4選手が滑走していた。3選手はそれなりの
skating。厳しいレースとなった。結局9位でrun からskate10kmへ。(run順位は13
位)
<吹雪収まらず>
skateに望みをかけたが、左手袋紛失によるdamageと収まらない吹雪でskatingのリズ
ムにいまひとつ乗り切れない。残り5周(2km)ほどで後方からN選手に抜かれたが、す
ぐその後方に就いて(ドラフティングはOK)リズムを取り戻した。まもなく4選手が
続けてfinish。あとがなくなった。腰にも激痛が走る。残り2周で、N選手がなぜか
先にfinish(5位)。いつの間にか彼に抜かれていた。自分がレースを終えたのはそ
の80秒後でした。(結局skate順位は7位)
終わってみると、N氏との差は、トランジッション(スケート靴への履き替え)と
skatingによるロスであり、上位選手3人との差はrun partの差でありました。
なんとか入賞はできましたが、これまでになく多くの課題を残しました。
来年は再び表彰台を目標に(3位だけ未経験)頑張ります

2003氷上トライアスロン第 14 回小海大会報告

土曜日朝swimの後、中央自動車道路・清里ライン経由で約3時間半(珍しく首都高速
の渋滞なし。)。豪雪で移動に大変な思いをした2年前よりもきわめて順調に松原湖
(長野県JR小海線沿線)skate centerに到着。八ヶ岳は、昼間でも外気温が-5℃とい
う極寒地。前前日の降雪で、今回も雪の残る中でレース。これで9回目の参加です。
第14回にもなった今回のレース、わたしにとっては、第12回の雪辱戦でした。

TJ誌やJTUマガジンで紹介され、ご存じのとおり、ski 3km(小海RE-EX SKI場),run
16km(稲子湯林道),skate 10km(松原湖スケートセンター)を競います。昨年よりskiの
登りがさらに0.5km延長され、どんなレースなることやら、スキーもスケートも2年ぶ
りだし、とにかく気負わず、優勝などねらわずにベストをつくしていこうという気持
ちで臨みました。

日曜日午前8時、富士山もクリアに見えるほど快晴の天候で、小海Re-ex ski valley
の中腹よりスキーブーツをはいた約200名が一斉にスタート。圧雪されたゲレンデを
数100mほど走ってから板をつけ両手にストックを持ってGo! ここまでですでに心臓バ
クバク状態に。やや狭いところを数100mスケーティングand逆ハの字で登ってからメ
インのゲレンデを大滑降。後ろから妄スピードで私を抜いてゆく人に煽られ転倒しな
いよう注意しながら、スラロームスキーで規定の旗門を通り抜け、最後にトランジッ
ションまで数100mの急勾配の登り坂。前方を行く選手は目視で約40人。とにかくへば
らないようにおさえて登る。登りきったところでスキーウエアを脱ぎ捨て、run
shoes(スパイク)にはきかえてrun start。この時点で34位。

はじめは3km弱の山登り。急坂ゆえに全力ではあがれない。今回も積雪のため走り出
しの道は狭く、雪も深いためほとんど歩きに近い速度。開けたところから少しずつか
けあがり、それから10kmほど林道を下る。出だしから先方の選手がひとりずつ私に抜
かれてゆくが、中盤以後は全く前を行く選手が見えてこない。スパイクシューズにも
のをいわせ、雪道の下り坂を調子よくbuild up、松原湖付近までくるとラスト2kmは
スケート場までまた登り。このあたりで応援者から、先頭から5分差で3位であるこ
とを知る。最後のskateで5分差を詰めるのはかなりきびしいか。半分あきらめた。
とにかくベストをつくそう。後続の選手もまばら。3位でrun finish。(結局runで
は5位)

スピードスケートの靴にはきかえ、氷上を400m×25周。runのあとで足がガクガクで
ある。何度もこのレース経験しているが、これほどのことは今までなかった。氷上が
無風であったのが幸いだった。ここでは1周ごとに自分のナンバーをリンクサイドの
役員のおねえちゃん(今回はおばちゃんじなかった。)にcallするのだ。2周して前
前回競ったN選手が滑りだした。声をかけられ、しばらく彼と並走した。先の選手は
skateが遅いようだった(フォームでわかる。)。このままいけば勝てるかもしれな
い。油断できなくなった。10周ほどで足腰に痛みが走る。まともに腰をおとして滑る
のができない。しばらく耐えたが、それから5周ほどしてバランスを失って転倒・・
・。>_< おいていかれた。
後続の選手が次々にリンクにはいってきて、混雑度も増してくる。skate得意の選手
もいて最後に逆転されるかもしれない。残りの10周は自分との戦いであった。転倒し
ないように夢中で氷上を走った。気がついたら自分が先頭であと3周であるのが、場
内放送で知れた。ここで初めて優勝を意識した。

25周目で'ふだ'を受け取る。うまく受け取れず、またも転倒。以前の悪夢がよぎっ
た。この間に抜かれて最後に順位を落としたことがあった。負けたらシャレになら
ん。必死に落とした'ふだ'を受け取り、全力でfinish gateへ・・・。
finish lineを1番で通過。計測所手前止まれず、またまた転倒。ただし、以前の
finish付近でのトラブルもなく、ゆっくりと腕の発信器を計測機に近づけて、競技終
了。N選手はその2分後finishした。

というわけで、おかげさまで2位で妥協したあの2年前の雪辱をはらすことができま
した。自分のレースができたことがこの結果につながったのだのだと思います。勝負
を最後まで油断せず、また、あきらめないこと。それとも勝因は、なによりもこの大
会に風邪もひかずに参加できたことかもしれません。
身内が2人インフルエンザになってましたから。

今回も筋肉痛絶好調!

2001 第12回氷上トライアスロン小海大会に参加して

土曜日朝swim後の八ツ岳への道中は厳しいものでした。
通常有料道路を使えば4時間で行けるところが、通行止めと除雪による混雑のおかげで、13時間もかかって長野エリアにたどりつき、なんとか翌朝のレース
には間に合いました。
現場は、長野県の松原湖(JR小海線沿線)skate center ~ 小海Re-ex ski valley 間の高原で例年雪は少ないところなんですが、様相は一変、”雪上”トライアスロンそのものとなりました。

第12回のこのレース、TJ誌やJTUマガジンで紹介され、ご存じのとおり、ski 2.5km(小海RE-EX SKI場),run 16km(稲子湯林道),skate 10km(松原湖スケートセンター)を競うもので、この距離設定になって3回目。

私個人としては8回目の参加でして、もうすっかり常連となりました。
一応2年前優勝してますが(唯一の自慢!)、スキーとスケートはそれ以来全く練習してなかったのと、前日の長距離ドライブの疲労により、今回はもう無事完走できればそれで十分という気持ちで臨みました。

明けて日曜日、参加者は170~180名程か?8時にクワッドリフトの終点付近からスキーブーツをはいたまま一斉スタート。
ユキの中を数100mほど走ってから板をつけ両手にストックを持ってGo! やや狭いところを数100mスケーティングで登ってからメインのゲレンデを大滑降。
スキーの速い人がどんどん私を抜いてゆく。
ゲレンデの麓で油断して新雪に足をとられ転倒。そこからrunトランジッションまで数100m。あとはハの字で歩く。
最後は急勾配の登り坂。ここは体力と気力で耐えるのみ。
へばらないようにおさえて登る。
登りきったところでスキーウエアを脱ぎ捨て、run shoes(スパイク)にはきかえてrun start。

run16kmのはじめは山登りが2~3kmつづく。
今回は大雪のため走り出しの道が狭く、前を行く選手を抜くことができない。
あきらめて広い道に出るまでゆっくり息をととのえる(ほとんど歩き)。
開けたところから少しずつかけあがり、それから10kmほど林道を下る。
意外にも適度に除雪されていて走りやすい。
スパイクシューズにものをいわせ、build up。
松原湖付近までくるとラスト2kmはスケート場までまた登り。
run finishで気づいたら、2位まであがっておりました。

スピードスケートの靴にはきかえ、氷上を400m×25周。
ここでは1周ごとに自分のゼッケンと周回をリンクサイドのおばちゃんにcall。
25周目で'ふだ'を受け取って、finish gateへむかう。ここまでは良かった。
「止まってください。」というofficialらしき人の声に反応して、gateの100m手前で減速し、'ふだ'を手渡そうとして転んでしまったところ、左後方からス~っと滑り抜けてゆく影。
「あっ、なんだよ、きったね~」って感じ。
runでかわしたはずの獲物(N選手)がちゃっかり腕の発信器を計測機に近づけて、ピピーッ「お先に~」・・・

「そんなのありかよ~...」あわてて自分も計測機に腕を近づけるものの、記録上は1秒後の2位。「待ってよ!インタビューを受けるのは、俺だぞ!」...納得のいかぬままにfinish。
「スポーツマンシップもクソもねーじゃね~かよお~」私は大会本部に抗議した。
それからこのことで1時間半ほど協議がおこなわれた。


結局、私は2位で妥協した。
冷静に考えてみた。
大会側として落ち度というか不徹底さがあったのであり(「止まれ」の合図、finish付近でのトラブル回避策、安全策など)、優勝したN選手はちゃっかり者かもしれない(減速せずにすり抜けていった)が、何がなんでも計測機の計時を第一に決めるというルールに従うなら、勝負のかかっていたあのような状況下では、彼には何の落ち度もないのではないか?勝負はきれいごとではなく、自分にはその詰めの甘さがあったんだ、..と。

今回はある意味でとても良い経験になりました。
大会側には自分の言い分を聞いて頂けたし、自分も大会側もこの反省点をいかして今後続けていくものと考えます。
トマムのウインタートライアスロンご招待は幻に終わったけど、カービングスキー板をgetしたし、Runラップ1位(副賞なし)だったんで、ま~意地で雪道走らせた甲斐があったってもんでっすっ。
しゃんしゃん。

ブログ村
にほんブログ村 その他スポーツブログ トライアスロンへ
記事検索
タグクラウド
QRコード
QRコード
higachin
  • ライブドアブログ